西日本旅客鉄道株式会社は、新型コロナウイルスの影響を教訓とした戦略軸「中期経営計画 2025 -ポスト コロナへの挑戦-」を 2023 年 4 月に策定し、「デジタル戦略による多様なサービス展開」を重点戦略としています。その一環として 2025 年の日本国際博覧会(大阪・関西万博)の開催に向けた、 MaaS ( Mobility as a Service :マース)を推進し、関西に主要路線を持つ 鉄道会社 7 社によって関西 MaaS 協議会が結成されました。バスやタクシーなど60を超える交通事業者をはじめ、経済界、行政、観光団体など数多くのステークホルダーを巻き込んだ、世界でも類を見ない大規模 MaaS プロジェクトを牽引しています。2023 年 9 月に関西地域のシームレスな移動手段を提供するアプリ「KANSAI MaaS 」がリリースされ、移動・暮らしを支え、地域で提供されるさまざまなサービスをつなぐ新たな会員基盤サービス「Mobility Auth Bridge」には、マイクロソフトが提供する、企業・消費者間の ID 管理サービス「Azure Active Directory B2C」が採用されています。
【パートナー】
NTTコミュニケーションズ株式会社
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社
コロナ禍の乗客減を経て、観光MaaSで地域社会活性化と地域課題解決を目指す JR 西日本、大阪・関西万博に向けて「関西 MaaS」を牽引
「人、まち、社会のつながりを進化させ、心を動かす、未来を動かす」という志を掲げる西日本旅客鉄道株式会社(以下、 JR 西日本)。「安全、安心で、人と地球にやさしい交通」「人々が行きかう、いきいきとしたまち」「一人ひとりにやさしく便利で豊かなくらし」「持続可能な社会」の4つを、ポスト コロナ時代を見据えた長期ビジョン2032として、未来に向けた企業変革を進めています。
同社はコロナ禍によって鉄道利用客が激減した状況のなか、デジタルソリューション本部を設立しました。デジタルソリューション本部長を務める西日本旅客鉄道株式会社 取締役兼執行役員の奥田 英雄 氏は、同組織の設立の背景を次のように説明します。
「1 回目の緊急事態宣言が出された 2020 年 春は、山陽新幹線の利用が対前年比で89 %ダウンし、そこから 3 年間にわたって感染拡大の波にともなう鉄道利用者の増減が繰り返されました。そうした状況のなかで、大量輸送機関として地域社会の活性化に貢献する重要性を痛感したのです。これを実現するために、一人ひとりのお客様のニーズに合わせたサービス提供を目指し、その先導役とサポート役を担うデジタルソリューション本部が立ち上がりました」(奥田氏)。
コロナ禍の影響にくわえて、以前から人口の減少やリモートワーク普及などの働き方の変化は起きていたと振り返る奥田氏。コロナ禍によるピンチを、構造改革の必要性を気づかせてくれたチャンスと捉え、取り組みを進めていったと言います。
同社が事業を展開する関西地域においては、大阪・関西万博というビッグ イベントの開催が決定しており、2025 年 4 月の開催に向けて官民一体となって準備が進められています。大阪・関西万博のテーマとなる「いのち輝く未来社会のデザイン」を、モビリティの観点から実現するための取り組みが「関西 MaaS」です。
JR 西日本をはじめとした鉄道 7 社により関西 MaaS 協議会が設立され、バス会社やタクシー会社など 60社を超える交通事業者と、地方自治体、近畿運輸局などの行政機関、観光団体などが関わる大規模 MaaS プロジェクトとしてスタートしました。大阪・関西万博という1つの目標に向けて、シームレスな交通・観光サービスの実現を一丸となって目指しています。
複数サービスを共通 ID でつなげる「Mobility Auth Bridge」、認証認可基盤に Azure AD B2C を採用
JR 西日本は、関西 MaaS 協議会の事業者であると同時に、MaaS 施策を支えるプラットフォームのプライムベンダーとしての役割を担っています。複数のパートナーと協業して、システム・アプリケーションの構築を行っており、その 1 つがスマートフォン向けの広域型 MaaS アプリ「KANSAI MaaS 」です。
「KANSAI MaaS 」は、さまざまなステークホルダーが展開するアプリ・サービスとの連携を前提に開発されています。これによりユーザーは、主に関西地域におけるマルチモーダルでの乗換経路検索をはじめ、電子チケットサービスやレジャー・宿泊施設、モデルコースなど観光情報提供、さらに駅構内図や列車の走行位置情報の提供などがワンストップで利用できるようになります。
この実現には、「移動・生活サービスのための共通 ID」 でさまざまなサービスを利用できる仕組み、すなわちオープンかつセキュアな ID 管理基盤が不可欠です。そのため JR 西日本は、NTTコミュニケーションズと提携し、新たな会員基盤サービス「Mobility Auth Bridge(以下、MAB)」の開発に着手しました。
本プロジェクトで全体のシステムアーキテクトを担当した、西日本旅客鉄道株式会社 デジタルソリューション本部 システムマネジメント部 MaaS 基盤グループ 課長代理の山本 大輔 氏は、MAB が担う役割について話します。
「端的に言ってしまえば、MAB は認証認可を行うプラットフォームで、 「KANSAI MaaS」のみに特化した会員基盤ではありません。“まちの ID基盤”というコンセプトのもと、共通の ID で複数のサービスとOpenID Connectでつながる汎用性のあるマイクロサービスです。複数のアプリ・サービスを利用する際、個別の ID ・パスワードを設定することは利用者にとって負担になり、離脱するリスクもあります。幅広い事業者や自治体のアプリ・サービスのシームレスな利用を実現し、利用者の心理的抵抗を最小限にする共通会員基盤サービスを目指しました」(山本氏)。
奥田氏も「個客体験の向上はもちろん、事業者側も情報の共有・連携によりサービス品質の向上を図ることができ、それらが地域社会の活性化と地域の課題解決につながるといった、三方良しを実現するサービスです」と MAB のコンセプトを語ります。
MAB の ID 基盤として搭載されているのが、伊藤忠テクノソリューションズ(以下、 CTC )のクラウド ID 基盤サービス『SELMID』であり、その認証認可基盤はマイクロソフトが提供する企業・消費者間の ID 管理サービス「Azure Active Directory B2C(以下、 Azure AD B2C )」です。
【関連リンク】
KANSAI MaaSアプリ
まちのヲトモパスポート
MAB 開発のプロジェクトマネージャー(PM)を務める NTT コミュニケーションズ株式会社 関西支社 ソリューションサービス部門 第五グループ 主査の酒井 祐介 氏は、 Azure AD B2C を採用した背景についてこう語ります。
「認証周りはミスが許されない領域です。情報漏えいなどのインシデントが一度でも起きてしまえば、一気にユーザーは離れていってしまいます。リスクを最小限にするためのアーキテクチャーをNTTコミュニケーションズにて検討し活用可能なサービスの選定をしましたが、堅牢性・信頼性が高い点で Azure AD B2C を採用しました。」(酒井氏)。
システム構築にあたり、 NTTコミュニケーションズをはじめとしたパートナーの技術支援を行った日本マイクロソフト モビリティサービス事業本部 自動車・交通営業本部 技術戦略部長 荻田 沙耶 氏は、本プロジェクトにおける Azure AD B2C の位置付けを次のように説明しました。
「Azure AD B2C は1日あたり何百万人のユーザーと何十億もの安定・安全な認証をサポートできる、顧客IDアクセス管理ソリューションとして機能します。それにより、現状のMABのセキュリティ強化はもちろんのこと、今後の他サービスとの連携や利用拡大に伴うスケーラビリティの担保といった将来を見据えた支援が可能であると考えております。」(荻田氏)。
4 社の強い連携により、頻繁な要件変更などさまざまな試練を乗り越える
MABプロジェクトは、JR西日本が主幹としてステークホルダーやシステムベンダー、パートナーを取りまとめ、NTTコミュニケーションズがシステムを構築し、その技術支援を日本マイクロソフトが行うといった体制で進められました。
プロジェクト発足時から JR 西日本の営業担当として携わる NTT コミュニケーションズ株式会社 関西支社 第二ビジネスソリューション営業部門/アーバンプロデュース推進 PT 主査の平松 将 氏は、MABのサービス構築の連携について、次のように話します。
「JR 西日本様と関西 MaaS 協議会、さらにその先にいる利用者、そして「移動・生活サービスのための共通ID」といったサービスの側面も考慮しながらサービスを構築するにあたり、求められる機能要件・非機能要件をどのように満たしていくかが重要でした。日本マイクロソフトと密接に連携し、サービスの掲げる想いとビジネスの重要さについて目線をあわせることで、両社一丸となって課題をひとつひとつクリアすることができました。」(平松氏)。
システム開発の PM を務めた酒井氏も「ステークホルダーが多く、プロジェクトを進めるなかで刻々と変化する要件に応えることに尽力しました」と振り返ります。
MAB のシステム構築において重要な役割を担う Azure AD B2C ですが、実はプロジェクトが始動した段階では一般提供されていないために機能や料金体系も確定しておらず、かつ開発もマイクロソフト米国本社で行われていて、開発の進捗情報が下りてきづらいといった状況でした。そんな中、パブリックプレビューが 2 カ月遅れるといったMABリリース計画に影響がある事象があったりはしたものの、NTTコミュニケーションズや米国本社との連絡役を担っている日本マイクロソフト製品担当マネージャーと密に連携することで、スケジュール通りにMABをリリースすることができたと荻田氏は語ります。
「米国本社にMABプロジェクトの規模やビジネスインパクトを説明して、開発スケジュールの遅延が及ぼす損害を理解してもらい、弊社のアカウントチームと本社の開発チームが一丸となって課題解決に取り組みました」(荻田氏)。
酒井氏も「サービス要件上、国内にデータを置く必要があり、 Azure AD B2C のサービス内容や利用料金などが確定していないと開発が進められませんでした。そこで日本マイクロソフトに米国本社と連携してもらいながら調整を重ねたところ、最終的に我々の要望がすべて通る形で実現することができました」と日本マイクロソフトのサポートを高く評価しました。
“まちの ID 基盤”が目指す未来——複数のアプリをまたいで一人ひとりの行動をつなぐ、日本版 MaaS の実現へ
こうして、 2023 年 9 月に 「KANSAI MaaS 」がリリースされました。 MAB がもたらす価値は多岐にわたると奥田氏は語り、JR 西日本の中期経営計画においても重要な役割を担うと力を込めます。
「弊社としては MAB を1つの収益事業として成立させたいと考えており、地域の活性化と地域の課題解決につながる会員基盤サービスとして発展させていくつもりです。1つの ID で複数のサービスをまたがって利用いただくことで、一人ひとりの行動が“つながり”として見えてきます。そこから、よりパーソナライズされた情報を提供し、一人ひとりの心を動かす形を作り出せれば、未来のまちづくりにもつながるはずです。事業化だけでなく、最終的には、弊社の基幹アプリ『WESTER』と連携し、JR 東日本や JR 東海などのすべての JR グループがつながる、新幹線を基軸とした日本版 MaaS の構築・展開を視野に入れています」(奥田氏)。
交通サービスや物流、自動車産業など、ヒトとモノを運ぶという広義のモビリティ分野に向けてさまざまなソリューションを展開する、日本マイクロソフト株式会社 モビリティサービス事業本部 業務執行役員 統括本部長 岡本 圭司 氏は、 JR 西日本が目指す日本版 MaaS などの未来に向けて多方面からの支援を続けていくと言います。
「日本マイクロソフトとしても、単に ID 基盤の構築を支援するだけでなく、“移動と暮らしを支えるまちの ID 基盤”である MAB をさらに発展させて、地域課題の解決に寄与していきたいと考えています。また、MAB に蓄積されるデータを活用していくフェーズにおいても、弊社のソリューションでしっかりと支援していきたいと考えています」(岡本氏)。
NTT コミュニケーションズも、データの分析・活用を視野に入れながら支援をしていく構えだと言います。
「当社はプロダクトを開発するだけではなく、JR西日本様のデジタルビジネスパートナーとして協業し、新たなビジネスを創出することで世の中を変えていくという想いをもって参画させていただいております。MABにおいては、将来的には当社の扱うドコモ顧客基盤 約9,500万人の志向性データや位置データなどの会員データと、JR西日本様が保有するICカード・交通データなどの移動データを組み合わせ、利用者の同意も得ながらセキュアに活用していくことで、MABをご利用になる地域の皆さまの暮らしがより便利になるような構想も描いています。」(平松氏)。
「ポスト コロナ時代の社会インフラを担う企業グループに生まれ変わりたい」という JR 西日本のパーパスに共感するパートナーとともに、関西 MaaS の普及拡大を図っていきたいと奥田氏は今後の展望を語ります。
「私たちには、お客様の“つながり”という、これまで積み重ねてきた信頼関係の強みがあり、NTT コミュニケーションズと日本マイクロソフトにはテクノロジー面において世界規模で戦える強みがあります。そうした強みがあるからこそ、お客様のニーズに応えたサービスを生み出せると確信しています」(奥田氏)。
2025年の大阪・関西万博開催に向けて、 JR 西日本と関西 MaaS の取り組みは、今後ますます加速していきます。MaaS には都会型、観光型、地方型という 3 つの世界観があり、都市型となる関西MaaS と、観光ナビ「tabiwa by WESTER」を軸とした観光型、デマンド型乗合タクシーをはじめとした地方型の3つの MaaS を推進し、MAB の IDを軸に大阪・関西万博の来場者とつながり、各事業者・自治体ともつながる世界を目指していきます。
「日本国内だけでなく、世界中の人々が日本に『行ってみたい』『また行きたい』『住んでみたい」『住み続けたい」と思える世界を作ることが目標です。そのためには、まずは関西 MaaS を軸に西日本から作り、そこから日本全国に広げていきたいと考えています」(奥田氏)。
“複数のアプリ・サービスを利用する際、個別の ID ・パスワードを設定することは利用者にとって負担になり、離脱するリスクもあります。幅広い事業者や自治体のアプリ・サービスのシームレスな利用を実現し、利用者の心理的抵抗を最小限にする共通会員基盤サービスを目指しました”
奥田 英雄 氏, 取締役兼執行役員 デジタルソリューション本部長, 西日本旅客鉄道株式会社
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