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業界

医療過誤の削減、プレシジョン・メディシンの推進など日本におけるメディカルAI の “現在と未来”

日本メディカルAI学会代表理事 / 国立がん研究センター研究所・分野長 浜本 隆二 氏に聞く vol.1

一般社団法人 日本メディカルAI学会は、世界レベルで競争が激化している AI (人工知能) の医療応用分野において日本の優位性を保つことを目指して国内の叡智を集結し、2018 年 4 月に設立された組織です。医療画像解析・ゲノム解析を中心に、AI 技術を疾患の診断・治療及び創薬などへ応用する試みが世界レベルで進む中、日本の最先端を担っている方々が直面する課題や、目指す理想像について、代表理事の浜本 隆二 氏に伺いました。


2018 年 12 月 11 日 実施
於 :国立研究開発法人国立がん研究センター

医療分野に広がる AI 技術活用の波に、日本が乗り遅れないために

一般社団法人 日本メディカルAI学会 代表理事 / 国立研究開発法人 国立がん研究センター研究所 がん分子就職制御学分野 分野長 浜本 隆二 氏

一般社団法人 日本メディカルAI学会
代表理事 /
国立研究開発法人 国立がん研究センター研究所 がん分子就職制御学分野 分野長
浜本 隆二 氏


 
 
石川 智之:本日は浜本先生のお話を伺えるとあって、非常に楽しみにしてきました。貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。

浜本 隆二 氏:こちらこそ、ありがとうございます。

石川:浜本先生は日本メディカルAI学会のサイトの中で「現場の医療機関との密接な連携の中、最先端IT技術を取り込み、世界の開発競争に勝ちうる体制を我が国で構築していくことが急務である」と書かれています。
 「急務」という言葉に、想いが現れているようにも感じたのですが、いかがでしょう。

浜本 氏:今、医療画像解析・ゲノム解析を中心に、人工知能技術を疾患の診断・治療及び創薬などへ応用する試みが世界レベルで進んでいます。アメリカや中国なども、大変な勢いでメディカルAI分野に取り組んでいます。
 日本の国益としても、この潮流に遅れてはいけないという想いは強くあります。

石川:日本の「強み」と「弱み」はどのようなものがあるとお考えでしょう。

浜本 氏:まず「強み」は画像データの質の高さが挙げられます。日本の内視鏡画像は、世界でもトップクラスのクオリティです。
 国立がん研究センターには「がん対策基本法」(2006 年施行、2016 年改正) によって、日本中の患者のがんに関する情報が集められており、検査画像だけでも約 4 億枚あります。
 しかし、集められているビッグデータは構造化されていないため、そのままでは分析ができません。データを構造化するために、かなりの労力が求められています。
 約 4 億枚の検査画像に関しても、人の手によるアノテーション作業が欠かせません。それでも国立がん研究センターの中でビッグデータの分析・活用が進んでいるのは、医師の方々が日常診療の後で、ボランティアで画像のアノテーションしてくれているからです。
 こうした社会環境が、日本の「弱み」として 挙げられるのではないでしょうか。
 社会環境として、もう 1 つ重要なことは個人情報の取り扱いです。「個人情報保護法」によって、医療情報の多くが「要配慮個人情報」となり規制が強化されています。それに対応して「次世代医療基盤法 (医療ビッグデータ法)」も施行されましたが、医療情報の最大活用に向けては、国とも連携しながら地道に国民の理解を得ていく必要があると思います。

「医療過誤防止」など臨床の現場からも期待されるメディカルAIの可能性

日本マイクロソフト株式会社 医療・製薬営業統括本部 デジタルヘルス推進室長 医療情報技師 石川 智之

日本マイクロソフト株式会社
医療・製薬営業統括本部
デジタルヘルス推進室長 医療情報技師
石川 智之


石川:医療における AI 技術活用には、それだけ大きな価値がある、ということですね。

浜本 氏:はい。アメリカなどではもう AI 技術の活用が当たり前のことになりつつあるようです。それに、私たちの日本メディカルAI学会に参加いただいているメンバーも、7 ~ 8 割が臨床に携わっている医師の方々です。事前の予想では研究分野の人の割合が多くなるかと思ったのですが、フタを開けてみれば、さまざまな診療科の臨床医の方々に参加いただいています。臨床の現場においても、それだけ期待が高まっていることを実感しています。

石川:どのような期待が大きいのでしょうか。

浜本 氏:1 つは、「医療過誤をなくす」ということです。たとえば、がん検診においても、人間の目では見落としや見間違いも発生します。全国的に専門の読影医が減っている中で、画像診断の精度を保ち続けることは困難です。
 しかし、ディープラーニングといった AI 技術を使えば、疲れることもなく膨大なデータを基に、精度の高い画像診断を行うことができます。最終的な診断は医師が行いますが、診断にかかる労力を削減しつつ、精度も上げることができるという点で、患者に対して非常に大きなメリットがあります。
 もう 1 つが「作業効率の向上」です。

石川:医療現場の「働き方改革」ですね。

浜本 氏:そうですね。臨床医の多くが、単純作業に時間を奪われている実情があります。たとえば、電子カルテの入力項目が多過ぎるということもあるでしょう。
 医療現場を支えるシステム環境を統一化できれば、省力化できることも多いと思うのですが、ベンダーが数多くあって、得意不得意も分かれていますので、中々難しい状況があるのだろうと思います。

石川:弊社でもそうした状況に少しでも貢献していきたいという想いから、2018 年 10 月に「デジタルヘルス推進室」を設置して、医療機関や製薬企業、医療機器メーカー、医療関連サービス事業者、行政や関連団体などと連携し、人工知能(AI)やIoT(Internet of Things)などのヘルスケア応用を業界横断で後押しする取り組みを進めさせていただいています。


“AI 技術が臨床医の方々にも期待されている理由の 1 つに、は、「医療過誤を減らす」という目的が挙げられるでしょう。”

浜本 隆二 氏


AIで入力作業を省力化した電子カルテなど、すでに始まっている「AIの時代」

浜本 氏:日本マイクロソフトが医療分野に注力されているということを、まだ知らない方も多いのではないですか?

石川:実際のところ、弊社が前面に立って医療システムを開発しているのではなく、電子カルテやオーダリングシステムなどを提供されているパートナー様に、サーバーやクラウド サービスなどのプラットフォームを提供させていただいています。そのため、弊社のアピールも、パートナー様の後ろに隠れていくという構図にはなっております。

浜本 氏:そうなのですね。クラウドも医療現場に提供されているということですが、個人情報保護法との兼ね合いもクリアされているのですか?

石川:はい。お客様のデータは弊社のクラウドに置かれても、お客様に帰属します。弊社はクラウド環境を管理しているだけですので、弊社クラウドに個人データを保存しても、個人データの第三者提供には当たらず、患者へのオプトイン/オプトアウトの対象にはなりません。
 また、Azure という弊社のクラウド サービスには AI 技術も揃っていることも特長です。実際に、そのAI技術を使って、先ほど仰られていた入力作業を省力化できる電子カルテ (診療所向け) を開発・提供しているパートナー様※もいらっしゃいます。

※ きりんカルテ株式会社のAIによる電子カルテ構造化技術:
https://xirapha.jp/wp-content/uploads/180903_pressrelease.pdf

浜本 氏:あ、そうなんですか! 日本にもそういう事例があったのですね。(資料を見ながら) これは、私たちの考えていることと、非常に近いですね。参考になります。

「地方の医師不足・診療科の偏在」という課題解消に期待される ICT 活用

浜本 氏:そしてもう 1 つ、大きな可能性が期待されているのが、地方との「医療格差の解消」でしょう。
 都会に比べて、地方の医師不足・診療科の偏在は深刻な状況にあります。
 こうした状況を少しでも緩和するためには、AI 技術に関わらず ICT をフルに活用して、全国どこにいても高度な医療を受けられるような体制を整えて、「医療の均質化」に貢献していく必要があると思います。

石川:そうですね。医療における ICT 活用がもっと深まっていくことで、さまざまなニーズに応えられるのではないかと思います。

がん患者を救うために。「プレシジョン・メディシン」の実践を後押し

浜本 氏:そして、私たちとして特に重要な想いが「がん患者を救いたい」ということです。
 今、「プレシジョン・メディシン」という医療が世界の潮流になっています。
 「プレシジョン・メディシン」とは、ジェノミクスやエピジェネティクス、プロテオミクスなど、さまざまな解析手法にとって個々人の遺伝的情報を集めて、個人に適した投薬を行うという医療です。
日本でも現在すでに、「先進医療B」という形で遺伝子のパネル検査などが始まっています。こうした医療を実践できる環境の創出をバックアップしていくことが、私たちの最大のミッションであると思います。
日本マイクロソフトにも、ぜひ手を貸していただきたいと思います。

石川:はい。ありがとうございます。

浜本 氏:ただこれは、AI 技術の活用というよりも、医療情報の入力から、抽出・加工までをスムーズに行えるように、医療現場を支えるシステム環境を一元化していくことの方が先決であるような気もしています。
 院内に、システムがいくつもあるとデータの接続にも時間と費用がかかりますし、手入力による移し替えなどを行っていると、データの欠損も生じます。
 いずれにしても、臨床の現場に大きな負担となることは明白です。
 まずは、こうした非効率から解消できればいいですね。

石川:そうですね。弊社の「働き方改革」がうまく進行した理由としても、社内の情報システムが一元化されていることが非常に大きな役割を担っていますので、良く分かります。

日本マイクロソフト 医療・製薬営業統括本部 事業開発担当部長 清水 教弘、技術統括室 クオリティエンジニア 千葉 慎二 も同席。

AI によるデータの積み重ねで「人によるバイアス」を医療現場から払しょく

浜本 氏:いずれの課題についても、私たちとしては、5年後、10年後の未来を見据えて、取り組んでいく必要があると思っています。

石川:弊社としても、長期的なビジョンを持って研究開発に取り組んでいます。
 AI 技術と言っても、今はまだ「できないこと」も多いのですが、メディカル AI分野において、浜本先生は 5 年後、10 年後に向けて、どのような期待をお持ちでしょうか。

浜本 氏:私が期待しているのは、「医療に存在するバイアス」を払しょくすることもできるのではないか、ということです。
 医療に限らず、人の関わることには、どうしてもバイアスが生じてしまうものです。等しく価値のある発想や行いであっても、「誰が考えたのか」「誰が実行したのか」で、受け手の印象も変わりますよね。
 それに、人というのは一度モノの見方・考え方が固定されてしまうと、別の可能性を受け入れることが難しくなってしまうものです。
 しかし、AI 技術は違います。たとえばテキスト マイニングなどによって導き出される仮説は、人の「先入観」に捕らわれない、意外なモノであることが多いですよね。従来人の手で行われてきた統計解析が「線形」であるのに対して、AI 技術を活用すれば膨大なデータを「非線形」に分析することが可能です。
 そうした分析を積み重ねて、医療の現場を「人の介在によるバイアス」から解放していくことが、理想ではないかと考えています。

石川:なるほど、それは興味深いですね。

浜本 氏:中立なところからデータを積み重ねることで、現在の医療現場にある壁…たとえば、がん治療における製薬においても、「対象となる臓器が変われば、治験をやり直さなければならない」という障壁があります。
 しかし、手間も費用もかかりますので、製薬会社としても、正直乗り気はしません。
 2003 年の薬事法改正から「医師主導治験」が認められて以降、この届出件数が増えている傾向にあり、医師の負担が増えています。
 こうした状況を改善するためにも、ディープラーニングなどの AI 技術を駆使した非線形な分析を重ねて、「内臓横断型」の治験を成立させることができないだろうか、ということもイメージしています。


“AI 技術の活用を深めていくことで「医療に存在するバイアス」を払しょくすることもできるのではないかと期待しています。”

浜本 隆二 氏
 


「研究」「臨床」そして「企業」が尊重し合い、Win-Win の関係を

浜本 氏:こうして私たちが考える理想を実現させていくためには、「研究」と「臨床」がしっかりと意思疎通を図り、情報を交換し、お互いの目的達成に向けて協力し合うことが不可欠です。
 日本メディカルAI学会でいえば、「企業会員」の皆様も加えて、3 者が等しく Win – Win となれる関係を構築していくことが大前提になります。ぜひご協力をお願いいたします。

石川:ありがとうございます。こちらこそ、何卒よろしくお願いいたします。