Teams と電子カルテの連携によりコミュニケーションを活性化し、チーム医療を促進。社会医療法人愛仁会と明石医療センターが進める業務改革
社会医療法人愛仁会は、1958 年に大阪市西淀川区の千船診療所を起源として設立。「貢献・創意・協調」をモットーとして、地域に密着した医療と介護事業を展開しています。
2024 年 6 月現在で急性期病院 4 施設、回復期病院 2 施設、介護施設 6 施設、健診センター 2 施設、看護専門学校 2 校を運営する同会では、近年の働き手不足、医療・介護需要の増加に対応するために、職員の働き方改革に取り組んでいます。
同会では、特定行為研修の実施や看護補助者育成事業などに積極的に取り組みながら、労働時間管理やタスク シフティング(業務の移管)などの改革を推進。同時に、デジタルの力による業務効率化にも力を注いでいます。
そのデジタル改革の一環として同会が取り組んだのが、Microsoft Teams と電子カルテを掛け合わせた新たな診療コミュニケーション ツールです。同会ではこのシステムをもとにして、コミュニケーションの活性化によるチーム医療の推進と業務の効率化を進めようとしています。
社会医療法人 愛仁会
明石医療センター 院長
大西 尚 氏
社会医療法人 愛仁会
情報システム担当理事
明石医療センター 事務部 部長
中村 達也 氏
社会医療法人 愛仁会
愛仁会本部 情報システム部門 部長
田中 信吾 氏
満足して働ける職場環境を目指して、デジタルによる業務改革を推進
――明石医療センターについてお聞かせください。
大西 当院は兵庫県明石市にある一般病床 382 床(ICU 8 床、HCU 8 床、NICU・GCU 16 床)を有する急性期病院です。診療科目は 22 科あり、地域医療・救急医療・低侵襲医療(ロボット手術)・周産期医療を重点的に取り組んでいます。複数診療科の連携と多職種によるチーム医療を推進し、救急医療では、明石市を中心に 2023 年度は年間 5,936 台の救急車を受け入れました。また、周産期母子医療センターの認定のもと 24 時間体制で地域の周産期医療を担っています。低侵襲医療においては、ロボット手術・低侵襲手術支援センターを立ち上げ、da Vinci(ダヴィンチ)を用いたロボット手術を実施しています。
――貴会で DX を推進する背景や課題についてお聞かせください。
大西 私たちは地域に根ざした医療機関として安全で高度な医療を提供したいという思いを持っています。そして、それを実現するには職員の働き方改革は欠かせない要素のひとつです。医師をはじめとする医療スタッフが満足して働ける現場でなければ患者さまに良質な医療は届けられません。職員の満足度を向上し、患者サービスを充実させるために、当院ではデジタルの力に大きな期待を寄せています。
医療は、公定価格によって運営されているため、どうしても費用対効果に対して厳格にならざるを得ず、それがデジタル化の推進にはひとつの障壁となってしまいます。また、セキュリティや法規制への対応も大きな課題といえます。
そういった事情もあり、これまでは当院もデジタル化が進んでいるとは言い難い状況でしたが、近年は医師と管理職スタッフへのスマートフォン端末の配布、業務ツールとしての Office 365 の導入など、デジタルの力を取り入れた業務改革を進めています。さらにその動きを加速するために現在進めようとしているのが、電子カルテと Microsoft Teams を連携させたコミュニケーション ツールの導入です。
Teams 活用の機運を捉えて、チーム医療を促進するコミュニケーション ツールを開発
――このコミュニケーション ツール開発に至る経緯についてお聞かせください。
田中 当会では、2018 年に Office 365 を法人全体で導入し、全職員にアカウントを配布し、業務ツールとして活用していました。2020 年頃、新型コロナウィルス感染症の流行にともなう働き方の変化によって Teams の活用が急増するという動きがありました。この動きを分析した結果、Teams を活用することによって意思決定のプロセスが変化したという示唆を得られました。
中村 病院が機能分化するなかで、とりわけ明石医療センターのような急性期病院にはさまざまな諮問委員会が存在します。これまでは同じ場所に集まる必要があったのですが、コロナ禍を経て Teams の活用が進むなかで、リモート参加が可能になったり、Teams での資料共有を有効に活用したりしています。
田中 そこで私たち IT 部門としても「コミュニケーションが変われば働き方が変わる」という考えのもと、Teams の活用範囲拡大に取り組むことにしました。コミュニケーションを円滑にしてメンバーの力を最大限業務に生かせる Teams は、チーム医療のコンセプトそのものです。ちょうど明石医療センターで電子カルテシステムの更新が予定されていたこともあり、電子カルテ端末のなかで Teams を使える仕組みをつくろうと、取り組みを進めた形になります。
――どのような機能を持っているのですか?
田中 Teams 上で患者さまの状態や治療方針を共有し、必要に応じて検査結果などを貼りつけ、困ったときはすぐチームに相談でき、その場にいなくてもチーム全員が治療に参加できる、また電子カルテ画面を共有してミーティングも可能といった機能を有しています。
これまでの情報共有の場といえば、カンファレンスやミーティングが中心でした。また対話や電話での情報伝達も多く、チームに情報が行き渡らない、情報伝達に時間がかかってしまうといった課題がありました。このツールによって、時間や場所、手段にとらわれないコミュニケーションを確立でき、チーム医療の促進と、業務の効率化、高度化に貢献できると考えています。
また、セキュリティの観点から閉域ネットワークに置かれることが多い電子カルテシステムですが、近年はセキュリティにおける考え方や対処法が変化してきたことで、少しずつ外の世界とつなごうという動きが生まれてきました。このツールにおいても、電子カルテベンダーのオプション機能と Azure AD Premium1+Defender for Cloud Apps による制御、運用ルールの策定によってセキュリティを担保し、診療系ネットワークから安全に Teams を利用できる環境を構築しています。
中村 法人の情報システム担当理事であり、事務部長でもある私の立場からすると、セキュリティに対しては必要以上に気を配る必要がありました。それを解決できる手立てが得られたことで、プロジェクトを進めることができました。
当院では医師にはスマートフォンを配布しているのですが、それ以外のメンバーでも電子カルテ端末から Teams 会議に参加できるようになったのは大きなメリットだと思います。今後は急性期病院と転院先の医療施設との情報共有など、院外の医療連携にも活用していけるようになると、より便利に使えると感じています。
誰もが自然に使えるデジタル環境を追求し、働き方改革を前進させる
――導入の効果と今後の展開についてお聞かせください。
田中 いまは明石医療センターで先行導入してその効果を測っている段階なので、確実なデータが取得できているわけではないのですが、明石医療センターにおける導入後の Teams チャネルやチャットのメッセージ数は増加傾向にあります。
またチーム数にも増加が見られ、そのなかにはチーム医療に関連するチームがいくつか含まれているので、アーリー アダプター的なユーザー層では、電子カルテの情報を見ながらコミュニケーションを図るような活用が進んでいるのではないかと推察しています。
まずは明石医療センターで実績を重ねて、法人内の他の医療機関にも展開していければと考えています。
その先ですが、利用率の拡大とスマートフォンでの活用、Office 365 ソリューションや Teams アプリケーションとの連携などを考えています。
また、デジタルに忌避感を持つ職員に無理やり押しつけるような運用は避けたいと思っています。むしろ彼らが違和感なく使いこなせるような工夫を続けることで、いつか水道や電気のように、日常に欠かせないものとしてデジタルツールを捉えられるような環境を構築していきたいですね。
――新しい技術への期待や、将来に向けた展望をお聞かせください。
中村 まだ当院では全職員にスマートフォンを支給できる状況ではありません。事務処理においてもすべてが電子化されているわけではなく、非効率な部分は多々残っています。デジタルの世界ですべての手続きが完結できる環境を目指したいと思います。
新しい技術といえば、ChatGPT の進化は目覚ましいですね。マニュアル検索の仕組みができあがれば、若手医師がいつでもアクセスできることで彼らの心理的安全性の確保にもつながると思います。事務的な使い方としては、カンファレンスやインフォームド コンセントの記録などにも活用できるのではないでしょうか。
田中 生成 AI に関しては大きな可能性を感じています。現在当会でも Azure OpenAI Service を活用した検証環境を構築しており、Copilot for Microsoft 365 についても導入検証を進めています。
まずは院内に多数存在するマニュアルを検索できる仕組みをつくりたいと考えています。さらに、診療行為のなかで発生する文章の作成支援や会議の要約システムなども構築していますので、それらの検証を通して活用方法を検討していく予定です。将来的には、Teams や電子カルテに組み込んでの活用や患者さま向けサービスなどへの展開も見据えています。
大西 IT 部門の尽力もあって、以前と比べるとずいぶん便利になり、働く環境も変わりました。今回導入されたコミュニケーション ツールによって場所を問わずに診療に参加できますし、画像を見るためだけに出勤するといったこともしなくて済むようになりました。
一方で私たち経営陣としては、医師の負担が大きい主治医制度の改革や保守的になりがちな職員の意識変革などにも取り組む必要があると考えています。職員がよりよいパフォーマンスを発揮して、患者さまによりよい医療を提供するためにも、デジタル環境の充実はもちろん、職員がやりがいを持って働ける環境を提供するために努力していきたいと思います。
各業界で新しい時代の働き方が模索されているいま、医療業界においても変革の意識を高める必要があります。そして、変革を進めるにはデジタルの力は欠かせません。予算編成の難しさやセキュリティといった壁を地道にクリアしながら、一歩ずつ働き方改革を進める社会医療法人愛仁会と明石医療センターの挑戦は、新たなコミュニケーションツールの開発という実績以上に、多くの医療機関の参考になるのではないでしょうか。